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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1458号 判決

原告 新建興業株式会社

被告 東京都中野区

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一九六六万七九二〇円及びこれに対する昭和四七年一二月一八日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の本件土地取得

原告は、土地建物の売買・仲介・管理及び建築請負を主たる目的とする会社であるが、昭和四六年一〇月三〇日、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)に共同住宅を建築する目的で、本件土地及びその上の別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有者である訴外寺尾辰己(以下「訴外寺尾」という。)から買い受け、その所有権を取得して、本件土地について同年一二月一三日所有権移転登記を経由した。

2  本件の経緯

(一) そこで、原告は本件土地に木造二階建共同住宅一棟(建築面積一七〇・九〇平方メートル、延面積三一六・六四平方メートル)を建築することとし、昭和四七年二月一八日、被告の建築主事に対し、建築基準法(以下「建基法」という。)六条に基づく確認の申請(中野区役所昭和四七年二月一八日付第二三一七号、以下「本件申請」という。)をした。

(二) ところが、被告の建築主事訴外三好泰照(以下「三好主事」という。)は原告に対し、昭和四七年四月一八日、本件申請が建基法六条四項の規定による適合しない旨の通知(以下「本件処分」という。)をした。その理由とするところは、要するに、本件土地は既に東京都建築主事が昭和四五年四月七日確認番号第二三号で確認した敷地の一部であり、右の敷地には右の確認を受けた建築物が存在し、本件申請を確認すると右の建築物が建基法二八条、四〇条、昭和四五年法律第一〇九号による改正前の建基法(以下「旧法」という。)五九条などに牴触する、というにあつた。

(三) 原告は本件処分により本件土地上に共同住宅を建築するという前記の目的を達することができなくなつたので、昭和四七年一二月七日、訴外田辺暢治(以下「訴外田辺」という。)に対し、本件土地を代金四一一七万円で売却した。

3  被告の責任

三好主事は被告の職員で、被告の建築主事として建築工事の確認などの事務を担当しているものであるが、三好主事のした本件処分は、建基法二八条、四〇条及び旧法五九条の二の各条項につき、当該確認申請に係る建築物の敷地を単位として考慮されるべきであるという原則の解釈を誤つてされたものであるから、違法な処分というべきであり、かつ三好主事には右の違法な処分をするにあたり故意少くとも過失があつたというべきである。(なお、本件処分は昭和四九年八月八日付の東京都建築審査会の裁決(四七建審・請第七号の九)により取り消されている。)

したがつて、被告は、国家賠償法一条に基づき、被告の公権力の行使にあたる公務員である三好主事が故意又は過失によつて違法にその職務を行つた結果、原告が被つた損害を賠償する責任がある。

4  損害

原告は前記2(三)のとおり本件土地を代金四一一七万円で売却したが、本件処分により建築物の建築が不可能となつたという事情がなく正当に取引された場合、本件土地の価格は六〇八三万七九二〇円が相当と認められるから、結局、原告は右の価格から前記の訴外田辺に対する売却代金額を控除した一九六六万七九二〇円の損害を被つたことになる。  5 結論

よつて、原告は被告に対し、損害金一九六六万七九二〇円及びこれに対する前記不法行為の日以後である昭和四七年一二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告がその主張の日に本件土地を所有者である訴外寺尾から買い受けその所有権を取得して、所有権移転登記を経由したことは認める。その余の事実は知らない。

2  請求原因2(一)、(二)の事実は認める。同2(三)の事実は知らない。

3  請求原因3の事実のうち、本件処分が東京都建築審査会の裁決により取り消されたこと及び三好主事が被告の建築主事であることは認め、三好主事に本件処分をするにあたり故意又は過失のあつたことは否認する。その余の事実は知らない。但し、本件処分が被告の処分に属することは認める。

本件処分が違法な処分であること及び被告に損害賠償責任があることは、いずれも争う。

4  請求原因4の事実は知らない。損害の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件処分の適法性について

(一) (三好主事が本件処分をするに至つた経緯)

(1)  訴外沢田建設株式会社(以下「訴外会社」という。)は、訴外寺尾の所有する別紙物件目録(三)1ないし3記載の土地及び訴外合資会社寺尾工場の所有する別紙物件目録(三)4記載の土地、以上四筆合計地積一〇六七・七〇四平方メートル(但し、公簿上は一〇七六・七二平方メートル)の土地(以下「本件共同住宅敷地」という。)を敷地として、ここに鉄骨造九階建共同住宅一棟(建築面積三二四・二三四平方メートル、延面積二五九二・五九六平方メートル、以下「本件共同住宅」という。)を築造するにあたり、確認を得るため、昭和四五年一月一七日、確認申請書を東京都建築基準法施行細則二条に従い中野区長へ提出した。同区長が同月二〇日右申請書を東京都建築主事に送付したところ、東京都建築主事は、同年四月七日、確認番号第二三号をもつて右の申請に対する確認をした。そして、右の確認に係る建築物(本件共同住宅)は、遅くとも昭和四六年三月末ころには完成した。

(2)  ところで、訴外寺尾は、本件共同住宅の完成直前である昭和四六年二月二七日、本件共同住宅敷地のうち別紙物件目録(三)1記載の土地を、本件土地と別紙物件目録(四)記載の土地とに分筆した。

(3)  その後、昭和四六年八月から一〇月ころにかけて、中野区内の不動産業者数名から被告の建築主事に対し、本件土地が売りに出されているが本件土地には建基法に適合する建築物を建築することが可能であるかどうかという趣旨の照会があつた。そこで、被告の建築主事は右の照会に対して、本件土地は本件共同住宅敷地の一部であるから本件土地には建基法に適合する建築物を建築することは不可能である旨の回答をする一方、同年一〇月ころ、本件土地の所有者である訴外寺尾及び本件共同住宅の建築主である訴外会社に対し、本件土地が売却され本件共同住宅以外の建築物の敷地となると、本件共同住宅に建基法上必要とされる敷地面積に不足を生じ、本件共同住宅の容積率及び建ぺい率が建基法に適合せず、その結果既存の本件共同住宅は違反建築物となるに至るから、本件土地の売却を留保するよう数回にわたり申し入れた。なお、昭和四六年当時、本件土地を含む本件土地付近は、住居地域、準防火地域、第三種容積地区であり、建ぺい率の限度は六〇パーセント、容積率の限度は三〇〇パーセントであつた。

(4)  本件土地は昭和四六年一〇月三〇日原告に売却され、同年一二月一三日これにつき所有権移転登記が経由された。そして、原告は、昭和四七年二月一八日、訴外椎橋睦男(以下「訴外椎橋」という。)を代理人として、請求原因2(一)の本件申請(なお、本件土地の公簿地積は四二五・四四平方メートルであるが、申請書に記載された敷地面積は四一二・四五平方メートルであつた。)をした。

(5)  被告の建築主事は、昭和四七年二月二四日、訴外椎橋に対し、本件申請について次の(ア)、(イ)の理由により期限内に確認をすることができない旨の中断通知をした。

(ア) 本件申請に係る建築物の敷地四一二・四五平方メートルは、右(3) のとおり、本件共同住宅敷地の一部であり、本件土地上に本件申請に係る建築物が建築されると、同一敷地が重複して二の建築物の敷地となつて、既存の本件共同住宅が違反建築物となること。

(イ) 本件申請に係る建築物の室内への採光上必要な窓の大きさ及び窓に用いられる防火戸が申請書の添付図面に明示されていないこと。

(6)  被告の建築主事は、昭和四七年二月二八日、来庁した訴外椎橋に対し、本件申請についての右(5) の建基法上の問題点を指摘し、本件申請は確認することができない旨伝えたところ、訴外椎橋は被告の建築主事が主として右(5) (ア)を理由として本件申請に対する確認をしないのであれば、本件申請に対し建基法六条四項のいわゆる不適合処分をするようにと述べ、更にその後も再三にわたり本件申請に対し早く不適合処分をするよう申し入れた。

(7)  そこで、三好主事は請求原因2(二)の本件処分をした。

(8)  原告は、昭和四七年五月一五日、本件処分を不服として東京都建築審査会に対し審査請求を提起した。三好主事は右審査請求に対し弁明書(昭和四七年六月三〇日付及び同年一二月一五日付)を、原告は右弁明に対する反論書(昭和四七年七月一二日付及び昭和四八年一月一〇日付)をそれぞれ同審査会に提出し、同審査会はなお昭和四七年九月一四日口頭審理を行つたうえ、昭和四九年七月一九日、本件処分を取り消す旨の裁決をした。

そこで、三好主事は右裁決に基づき、本件申請に対し、昭和四九年九月九日付で確認(確認番号第二三一七号)をした。(なお、右の確認にあたり、原告の本件申請に係る敷地四一二・四五平方メートルのうちに区道路敷が一部含まれていたので、その部分を右敷地から除き敷地面積を三九七・四六平方メートルと訂正した。)

(二) (本件処分の適法性-その一)

(1)  三好主事が本件処分をした主たる理由は次のところにある。すなわち、本件申請に係る建築物の敷地である本件土地は本件共同住宅敷地の一部であり、しかも右敷地には現に本件共同住宅が存在し、右敷地は建基法上本件共同住宅の敷地として取り扱われているから、本件土地は既存の本件共同住宅の敷地であり、仮に本件申請について申請のとおりの確認をすると、同一の敷地が建基法上重複して二の建築物の敷地として取り扱われることとなるが、このようなことは法の許容するところではない、と。なお、本件処分においては、更に、本件申請のとおりの建築物が本件土地内に建築されると、既存の本件共同住宅について建基法上必要とされる敷地面積に不足を来し、本件共同住宅はその居室への採光(建基法二八条)、接道義務(同法四三条に基づく東京都建築安全条例四条の二、一〇条の三)、窓先空地(建基法四〇条に基づく右条例一九条二号)及び容積率(旧法五九条の二)の点で建基法に適合しない違反建築物となることも本件処分の理由とされてはいるが、本件処分の主たる理由はあくまでも前記の敷地重複であり、またそれに尽きるのである。

(2)  さて、建基法の目的は同法一条に規定されているが、それは直接的には建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めることによつて、防火上、保健衛生上及び構造耐力上などの安全性の諸点において好ましい集団的建築環境を確保し、もつて国民の生命、健康及び財産の保護を図ることにあるが、窮極的には公共の福祉の増進に資することにあると解される。したがつて、建基法の解釈及び運用は、右法条の趣旨に則つて行われるべきである。

そこで考えてみると、建基法施行令一条一号によれば、建築物の敷地とは一の建築物又は用途上不可分の関係にある二以上の建築物のある一団の土地をいうのであるから、「一の建築物のある土地」が当該建築物の敷地である。換言すると、一の建築物ごとに一の敷地が成立することが原則であり、これを「一建築物一敷地の原則」と称することができ、したがつて一の敷地が二の建築物の敷地として重複して使用されることは建基法の許容するところではない、と解される。

(3)  これを本件についてみると、本件共同住宅敷地の建ぺい率の限度は六〇パーセント、容積率の限度は二七〇パーセントであり、敷地重複は許されないから、本件共同住宅(建築面積三二四・二三四平方メートル、延面積二五九二・五九六平方メートル)に必要とされる最小限度の敷地面積は、別表1記載のとおり建ぺい率からは五四〇・四〇平方メートル、容積率からは九六〇・二三平方メートルとなる。そうすると、本件共同住宅敷地のうち本件共同住宅以外の建築物の敷地として使用できる面積は、別表2記載のとおり一〇七・四七四平方メートルとなる。そして、別表3記載のとおり、右の一〇七・四七四平方メートルの敷地に建築することができる建築物の最大限の建築面積は六四・四八平方メートルであり、また最大限の延面積は二九〇・一八平方メートルである。

したがつて、本件申請に係る建築物の建築面積及び延面積はいずれも右の限度を超えており、建基法上必要とされる基準に適合していない。

(4)  原告は、確認は確認申請に係る建築物の敷地を単位として考慮されるべきである旨主張するが、本件のように一の建築物について建基法上必要とされる一の敷地をもつて確認がされ建築物が建築された後に、右の建築物が築造されている土地部分を除く他の空地部分を更に他の一の建築物の敷地と把握して確認申請がされた場合、原告主張のように申請に係る建築物の敷地を単位として考慮して確認をすればよいと解するときは、建基法が建築物とその敷地について一定の基準を設定することによつて防火上の安全性などの観点から好ましい集団的建築環境を確保することが不可能となるのみならず、特に一定の空地・空間を確保するための制度である建築面積及び延面積の制限に関する規定(建基法五二条、五三条)はその機能を失うこととなるのであつて、このような解釈が許されないことは右(2) の建基法の目的からも明らかなところである。したがつて、原告の右主張は失当である。

(5)  以上によれば、本件申請に係る建築物が建基法に適合しないことは明らかであるから、三好主事のした本件処分を違法ということはできない。

(二) (本件処分の適法性-その2)

仮に右(一)の主張が認められないとしても、

(1)  原告が本件土地を買い受けた際、なお以下のような経緯があつた。

すなわち、訴外寺尾は本件土地を売却するに当り、原告に対し、本件土地は建基法上既に本件共同住宅の敷地として取り扱われているから建築物の敷地としては使用できない土地であること、及び本件建物はその存置が許されないので早急に取り壊されるべきものであることを告げた。これに対し、原告はそうすると本件土地の用途はせいぜい駐車場くらいである旨主張したので、結局訴外寺尾は、本件建物は同訴外人が取り壊し本件土地を更地として原告に引き渡すことを約したうえ、本件土地付近の土地の当時の世評価格に比較すると著しく低い価格といえる三・三平方メートルあたり二一万円(合計金額二六〇四万円)をもつて売却したものである。

(2)  右のとおり、原告は訴外寺尾から本件土地は建築物の敷地としては使用できない土地である旨を告げられ、これを承知のうえで本件土地を買い受けたのであるから、原告は、本件共同住宅の前所有者であつた訴外寺尾ないし訴外会社が負担していた建基法八条に定める建築物の適法状態の維持保全義務を、本件土地の買受によつて当然承継した。

(3)  仮に、右の維持保全義務を原告が承継していないとしても、本件土地が既に本件共同住宅の敷地として取り扱われていることによつて本件土地が受ける建基法上の制限は、右の事実を知りながら本件土地を取得した原告に対しても及ぶものと解すべきである。

(4)  したがつて、右(2) 又は(3) によれば原告は本件土地に建築物を建築することを制限されているのであるから、原告の本件申請を建基法に適合しないとした本件処分を違法ということはできない。

2  三好主事の無過失について

(一) 仮に、本件処分が違法であるとしても、本件処分をするにあたり三好主事に故意又は過失はなかつた。

(二) 一般に、行政庁のした処分が違法であつても、その処分の根拠となる法令の解釈に争いがあるときに、その有力な一方の解釈に従つて処分をした場合には、その公務員に故意又は過失を認めることはできないというべきである。

(三) これを本件についてみると、

(1)  本件申請に関するいわゆる敷地重複の問題について、三好主事は学説、判例、通達が登載されている文献を渉猟したが、明確に論述しているものがなく、更に東京都首都整備局建築指導部に対して照会もしたが明確な指導を受けることができなかつた。

(2)  結局、当時の状況は右の問題について指導的な見解は示されておらず、上級庁の適切な指導も得られないという状況であつたので、三好主事は自らの判断により本件申請に対する判断をせざるをえなかつたのであるが、同主事は重複敷地を適法と認めるならば建基法上最も重要な規制手段の一である建ぺい率、容積率の制限をたやすく潜脱することができるから、このような解釈は建基法の目的に反すると判断し、本件処分をしたのである。

そして、三好主事が本件処分をするにあたつては、原告に対し期限内に確認できない旨の通知書を発したうえ、充分な調査期間をかけ、判例、学説などを慎重に調査したのであるから、三好主事には故意又は過失はないというべきである。

3  因果関係及び損害について

(一) 原告は、本件処分によつて本件土地上に共同住宅を建築するという目的を達することができなくなつたので本件土地を訴外田辺に売却したと主張するが、本件処分がされたからといつて本件処分を起因として当然に原告が本件土地を転売しなければならないというものではないから、本件処分と原告が本件土地を正当な取引価格を下回る価格で訴外田辺に売却した行為との間には相当果因関係はない、というべきである。

(二) また、右1(二)(1) のとおり、原告は本件土地を訴外寺尾から建築物の敷地としては使用できない旨を告げられたうえで代金二六〇四万円で買い受け、その後原告の主張によると訴外田辺に四一一七万円で売却したというのであるから、差引一五一三万円は原告が本件土地に関して得た利益ということになり、結局原告には損害が生じていないというべきである。

四  原告の反論

1  本件処分の違法性について

(一) 被告の主張1(一)の事実のうち、1(一)(4) 、(7) 及び(8) の事実は認める。その余の事実は知らない。

(二) 建基法施行令一条一項における敷地の定義は、敷地という概念を静的、固定的に観念したものにすぎず、「一の建築物のある一団の土地」の一部が分割譲渡されて更に「一の建築物のある一団の土地」になるという動的、移転的状態に着目し、その過程を規律したものではないのであるから、被告の主張する重複使用の禁止ということは右の規定の定義の解釈自体から当然結論されるものではなく、被告のこの点に関する主張は失当である。

(三)(1)  原告が本件土地及び建物を取得した当時、本件土地の南側は道路に接し、東側には高さ約二メートルのブロツク塀が、北側には隣地建物の外壁が、更に西側には約六〇センチメートルの隣地との高低差がそれぞれ存在していたのであつて、本件土地は、本件建物の敷地として他の土地と明確に区画されていた。

(2)  そして、一の確認に基づき建築された建築物の敷地の一部が他に譲渡された場合、譲受人が譲り受けた土地に建築物を建築することを禁止する旨の建基法の規定が存しないことは明らかであり、建基法は右の譲渡などによつて既に確認を受けた建築物が同法に違反する状態を発生させないようにするための消極的保全義務を建築物の所有者、管理者又は占有者に課しているにすぎない(八条)。右の保全義務の違反に対しては、義務者に対し是正命令を発する(九条)などによつて建基法の目的を達成することが予定されており、また譲受人の建築物の建築により隣地の採光、通行などに障害が発生した場合には、相隣関係に関する民法の規定などによつて処理されることが予定されている。更に、ある土地がある建築物の敷地とされているときに、その土地の一部が他に譲渡された場合でも右の建築物の敷地であるということに基づく建ぺい率などの制限が半永久的に随伴するとすることは、そのような制限について公示制度などの適切な手段の採られていない現在の法体系の下では到底許容されない解釈である。

(3)  したがつて、右(1) の本件土地の実態を無視し、右(2) の建基法の段階的構造を正しく把握することなくされた本件処分の違法性は明白である。

(4)  なお、本件土地が本件共同住宅敷地に重複しているとの被告の主張に基づき、建築面積及び延面積を法規に従つて計算すると、前記三1(二)(3) のような計算関係となることは争わない。

2  三好主事の故意・過失について

右1(一)の本件土地の実態を直視し、かつ右1(二)の建基法の段階的構造を理解すれば、原告の本件申請は当然確認されなければならないにもかかわらず、三好主事は右の各点を充分に認識しながら、あえて建基法の規定を曲解し(同主事が本件処分をしたのは、本件申請を確認し、本件申請に係る建築物が建築されると本件共同住宅が違反建築物となるが、これに対する是正命令を執行することは事実上困難であり、かつ社会的、経済的に重大な損害が生ずることとなるので、これを何ら非難すべき点のない原告に転嫁しようとしたためである。)又は不用意に解釈を誤つて本件処分をしたのであるから、同主事に故意又は過失のあることは明らかである。

被告は、本件申請に関する問題点は困難な法律問題であり、指導的見解がなく上級庁の指導も得られなかつたので、三好主事は調査のうえ自らの判断で本件処分をしたのであるから、同主事に過失はないと主張するが、本件申請に関し問題となるのは建基法八条の義務者であり、これは条文上明確で困難な法律問題とはいえないから、被告の右主張は失当である。

3  因果関係及び損害について

(一) まず、違法な本件処分により本件土地には建築物を建築することができない状態となつたが、それにより本件土地の価格が下落して原告に損害が発生したことは明らかであり、また、原告は本件土地を建築物を建築する目的で購入し本件申請をしたところ、本件処分を受け右の目的を達することができなくなつたため、やむなく本件土地を転売したのであるから、本件処分と原告の損害との間に相当困果関係があることは明白である。

(二) 被告は、原告は訴外寺尾から本件土地には建築物を建築することはできない旨の説明をされ、そのことを承知のうえで本件土地を購入したのであるから、原告に損害はないと主張するが、原告は訴外寺尾から被告主張のような内容を告げられたことはない。したがつて、被告のこの点に関する主張も失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  まず、本件の事実関係を検討すると、

1  請求原因1の事実のうち、原告が昭和四六年一〇月三〇日本件土地をその所有者である訴外寺尾から買い受け、その所有権を取得して、これにつき同年一二月一三日所有権移転登記を経由したこと、同2(一)及び(二)の事実、同3のうち本件処分が東京都建築審査会の裁決により取り消されたこと、三好主事が被告の建築主事であること及び本件処分が被告の処分に属すること、並びに、被告の主張1(一)(4) 、(7) 及び(8) の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  右の当事者間に争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一、第二号証、第四、第五号証(原本の存在も争いがない。)、乙第二、第三号証、第四号証の一ないし六、第六ないし第一〇号証、第一四号証、原告代表者本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一号証の一ないし六(但し、官公署作成部分は成立に争いがない。)並びに証人三好泰照、同椎橋睦男、同寺尾一男の各証言を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  昭和四四年ころ、訴外寺尾は、同訴外人及び同訴外人が代表社員をしている訴外合資会社寺尾工場の所有する本件共同住宅敷地に共同住宅を建設して、これを土地付で分譲することを計画し、訴外会社と相談した結果、訴外会社を建築主として建築費用はすべて訴外会社が負担し、完成後の共同住宅の所有権は土地の提供者である訴外寺尾が三分の一、訴外会社が三分の二の割合に分配するとの約定で、本件共同住宅(名称を「ヴイラセレーナ中野II」という。)の建築計画を決定した。その際、訴外寺尾はその所有する本件土地は共同住宅の購入者には分譲せず、同訴外人が留保する旨の希望を述べたので、訴外会社は右の希望を容れて確認申請にあたつては本件土地も共同住宅の敷地に含めて申請するが、分譲の対象とはしないこととした。なお、訴外会社は訴外寺尾に対し、本件土地を右のように取り扱う結果として本件土地に建築物を建築することはできなくなるということを説明した。

そこで、訴外会社の建築計画に従い、昭和四五年一月一七日、本件共同住宅敷地を敷地とする本件共同住宅の確認申請書を中野区を経由して東京都に提出したところ、東京都建築主事は、昭和四五年四月七日、右の確認申請を本件共同住宅敷地上に存在していた本件建物を含む五棟の木造建物の除去を条件として確認(確認番号第二三号)した。訴外会社は本件共同住宅の建築工事に着工し、昭和四六年三月ころまでにこれを完成した。

(二)  一方、訴外寺尾は、前記のとおり本件土地の所有権を同訴外人に留保する目的で、本件共同住宅の建築工事の完成直前である昭和四六年二月二七日、本件共同住宅敷地の一部である別紙物件目録(三)1記載の土地を本件土地と別紙物件目録(四)記載の土地とに分筆し、その旨の登記を経由した。ところが、訴外寺尾はそのころ資金繰りに窮するようになつたため本件土地を売却することとし、不動産業者などに売却の仲介を依頼した。そのため、被告の建築課に対し不動産業者などから本件土地及び本件土地上の建築などについての問合せが数回あり、同課の係員は、本件土地は先に中野区を経由して東京都建築主事が確認した本件共同住宅の敷地に含まれていること、同課は従来から敷地について右のような関係にある確認申請に対しては建基法上問題があるとして申請の取下又は建築計画の修正などを指導していたことを考慮し、右の問合せに対し本件土地の取得などは差し控えてほしい旨の回答をした。

原告は不動産の売買、建売住宅の建築販売などを主たる業務としていたが、昭和四六年一〇月中旬、同業者である訴外川名敏雄から本件土地を紹介され、同月二四、五日ころ現地を調査したうえ、本件土地の売却希望価格三・三平方メートルあたり二一万円がいわゆる世評価格(三・三平方メートルあたり三二、三万円)よりも低廉であることから、本件土地を建売住宅の敷地として利用する目的で買い受けることとし、同月三〇日、訴外寺尾との間で代金を二六〇四万円とする本件土地及び本件建物の売買契約を締結した。なお、右の売買契約締結にあたり、本件建物が併せて売買の対象となつたのは、次のような事情によるものである。すなわち、訴外寺尾は本件建物に抵当権を設定しており、本件土地の売買代金によつてその被担保債権を弁済する関係から直ちに本件建物を取り壊すことができず、また原告としても本件土地を担保として売買代金の融資を受けることとしていたが、本件土地上に本件建物がある以上土地建物双方を担保の目的とすることが必要であつたので、原告及び訴外寺尾は一応原告が本件建物も買い受けることとし、訴外寺尾が右の抵当権を消滅させたうえで、売主たる同訴外人の費用で本件建物を取り壊すこととし、その旨を右の売買契約の内容とすることとしたのである。

本件土地については昭和四六年一二月一三日訴外寺尾から原告へ所有権移転登記が経由され、また本件建物は昭和四七年一月ころまでに取り壊された。

(三)  そこで、原告は昭和四七年初めころ本件土地上に建売の共同住宅を建築することを計画し、その設計及び確認申請などを訴外椎橋に依頼した。訴外椎橋は木造二階建の共同住宅の設計を了したうえで、昭和四七年二月一八日、原告を代理して被告に対し本件申請をした。

本件申請を受理した三好主事が本件申請を検討したところ、本件申請には、第一に前記のとおり本件土地が既に東京都建築主事が確認した本件共同住宅の敷地に含まれているため、仮に本件申請に係る建築物を確認すると本件共同住宅が建ぺい率、容積率などの点で建基法に違反する結果となる疑いがあること、第二に本件申請に係る建築物について、本件土地が準防火地域であることから要求される防火戸の有無及び室内への採光のために必要な北側の窓の大きさが申請書からは不明であること、以上の問題点があることが判明したので、その旨を訴外椎橋に電話で伝えるとともに、同月二四日建基法六条四項に基づき本件申請について期限内に確認することができない旨を通知した。右の連絡及び通知を受けた訴外椎橋が同月末ころ被告の建築課を訪れたので、三好主事は同課の係員を通じて右の本件申請の問題点を説明するとともに、前記(二)の従来からの取扱に従つて本件申請の取下又は修正を求めたところ、訴外椎橋は右の要請は容れられないとし、本件申請を確認しないのであれば建基法六条四項の不適合処分をすることを求めた。

三好主事は本件申請には前記のとおりの問題があると考えたが、なかんずく前記第一の点が本件申請に対する確認が疑問視される主たる問題点と考えられたので、この点を更に検討するため、まず先に東京都建築主事がした本件共同住宅に対する確認の関係書類を取り寄せて検討するとともに現地の調査を行い、次に本件のように先に確認がされた建築物の敷地の一部が譲渡され、その部分について確認申請があつた場合の取扱について建基法関係の文献(解説書、判例集、通達集など)を調査したが明確な結論を得られなかつたので、更に上級庁である東京都首都整備局建築指導部に対し照会ないし相談したが、同部内においても確認の是否について賛否両論に分かれたため、結局統一された回答ないし指導を受けることができなかつた。そこで、三好主事は、仮に本件申請を確認すると、隣接する本件共同住宅について建ぺい率・容積率などの集団規制、窓先空地、採光、接道義務などの建基法及び同法に基づく東京都建築安全条例による安全上、衛生上の諸規制に違反する状態を現出させることとなり、かような敷地の重複使用を認めることを前提とする解釈ないし運用が建基法の目的に反するものであることは明らかであり、建築主事として建築行政を担当するものとして右のような解釈に基づいて確認をすることは妥当でないとの結論に達したので、最終的には上司とも相談したうえで、同年四月一八日、本件申請に対し建基法六条四項に基づき本件処分を行つた。

(四)  原告は、昭和四七年五月一五日、本件処分を不服として東京都建築審査会に対し審査請求を提起し、右は同月一六日受理された(四七建審・請第七号)。同審査会は三好主事から弁明書(二通)、原告から反論書(二通)の提出をそれぞれ受け、更に同年九月一四日口頭審理を行つたうえ、昭和四九年七月一九日、本件共同住宅は本件申請に係る建築物が建築されることによつて違反建築物となるのではないから、このことを根拠とししてした本件処分は不当であることを理由として、本件処分を取り消す旨の裁決をした。

そこで、三好主事は右の裁決に従い、昭和四九年九月九日付で本件申請を一部訂正のうえで確認した(確認番号第二三一七号)。

二  次に、右に認定した事実関係に基いて本件処分の違法性について判断する。

1  建基法六条所定の建築主事の確認は、地方公共団体の機関である建築主事が、建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び設備に関する法令の規定に適合するものであることを公権的に判断確定する行為であつて、法規を具体的に執行するにとどまるものであるから覊束行為であるといわなければならない。したがつて、建築主事は確認するしないの裁量権を有するものではなく、確認申請が建基法六条所定の法令の規定に適合しているにもかかわらず、適合しないとして不適合処分を行い、確認しないことは、建築主事の違法な処分といわなければならない。

2  原告は、建築物の敷地に関する建ぺい率などの規制は当該申請に係る建築物の敷地を単位として審査されるべきであるにもかかわらず、三好主事が右と異なる解釈に基づき本件申請を法に適合しないとして本件処分をしたことは違法であると主張する。そこで考えてみると、

(一)  まず、敷地に関する規制は当該申請に係る建築物の敷地を単位として審査すべきではなく、したがつて、一たん敷地として確認を受けた土地を再び他の建築物の敷地として重複して使用することは許されない、との考え方がある。その理由とするところは、第一に、建基法一条は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉に資することが同法の目的である旨規定しており、この目的を達成するために建基法は、第二章に個々の建築物の安全の観点からする制限に関する単体規定を、第三章に都市計画の観点からする制限に関する集団規定をそれぞれ規定し、もつて建築物の安全性並びに好ましい集団的建築環境の維持を図つている(右の諸規定の実効性を確保するために、一定の資格を有する建築主事による確認の制度があることはいうまでもない。)。ところで、敷地に関する規制は当該申請に係る建築物の敷地を単位として審査されるべきであり、一たん敷地として確認を受けた土地であつても再び他の建築物の敷地として重複して使用することが認められるとすれば、右の集団規定による建築制限は容易に潜脱しうることとなるが、前記の建基法の目的及びその具体化のための諸規定に照らすと、このような解釈は到底同法の許容するところではない、第二に、右のように敷地の重複使用は許されないと解すべきであるが、このように解したとしても、確認は敷地の権利関係を確認するものではないから、確認により敷地の権利関係が影響を受けることはなく、仮に確認をめぐり敷地の権利関係に関する紛争が生じたとしてもそれは私法的救済手段(たとえば売主の担保責任)により解決されるべきであり、重複使用を認めることにより解決すべきではない、というにある。

前記事実によれば、三好主事はこのような考え方に基づいて本件処分をしたものと認めることができる。

(二)  しかしながら、一方、確認は申請人が当該申請に係る建築物の敷地を使用しうる私法上の権利を有するかどうかとは無関係に行われるものであり、したがつてまた、建築主事は確認申請を審査するにあたり、申請人が当該申請に係る建築物の敷地を使用しうる私法上の権利を有するかどうかの点に関しては、これを審査する義務はもちろんのこと権限もないというべきである。けだし、確認は建築計画が建築関係法令に適合するかどうかを確認するにすぎず、確認を受けないで建築などの工事をすることが禁止されているにしても確認はそれによつて申請に係る建築物を建築する権利を申請者に付与するものでないことはもとより、確認によつて申請者に申請に係る建築物の敷地を使用しうる私法上の権利を設定するものでもないからである。そこで、確認は敷地の権利関係と無関係であるとしつつ、前記(一)のように確認にあたり敷地を重複して使用することは許されないとの考え方によると、敷地について何らの権利も有しない者の確認申請も確認されるが、その結果右の申請に係る建築物の敷地については先行する右の確認が失効するまでは、その敷地の所有者又は賃借権者等右敷地に対し正当な使用権限を有する者といえども建築物を建築することはできないということになり極めて不当な結果となる。また、現行法のもとにおいては、土地がある建築物の敷地であることを公示する敷地台帳等の制度が設けられていないところ、かかる法制度のもとにおいて、前記のとおり確認は敷地の権利関係と無関係であるとしつつ敷地の重複使用を禁止するとの解釈をとるときは、本件のように既に確認を受けた建築の敷地の一部が譲渡された場合においても、先行する右の確認が失効するまでは譲受人は譲り受けた土地に建築物を建築することができないということになるが、このような解釈は、少くとも善意の譲受人に対し不測の損害を及ぼすものというべく、敷地の譲受人に私法的救済の存することを考慮しても、なお是認しえないものというべきである。

(三)  以上述べたところを総合して考えると、建基法は、結局、敷地に関する規制は当該申請に係る建築物の敷地を単位として審査がされるべきであり、したがつて敷地の重複使用により既存の建築物について建ぺい率などの集団規定に違反する状態が生ずることになつても、それはやむをえないものとしている(同法三条二項、一一条一項参照。)といわざるをえない。

(四)  被告は、建基法施行令一条一号は「一建築物一敷地の原則」を定めているから、一の敷地が二の建築物の敷地として重複して使用されることは許容されないと主張するが、当初一の建築物があつた土地に、後に他の建築物が新たに建築されれば、それがもとの建築物と用途上不可分の関係にない限り、もと一個であつた敷地は分割されて二敷地となるのであり、したがつて、本件申請に係る建築物が本件土地に建築されることにより、本件共同住宅敷地は分割されて二敷地となるのであり、一の敷地が二の建築物の敷地となるという関係にはならないのであるから、被告の右主張は失当である。また、被告は、原告は本件土地が本件共同住宅敷地の一部であることを承知のうえで買い受けたものであるから、原告は本件共同住宅の前所有者である訴外寺尾ないし訴外会社が負担していた建基法八条の義務を当然承継した旨主張するが、同条は建築物の所有者、管理者又は占有者に対し、建築物を適法な状態に維持する努力義務を課した訓示規定にすぎないと解されるから、同条を根拠とする被告の右主張はその余の点に触れるまでもなく失当というべきである。更に、被告は、本件土地が既に確認を受けた本件共同住宅の敷地として取り扱われていることによつて本件土地が受ける建基法上の制限は、その事実を知りながら本件土地を取得した原告に及ぶ旨主張するが、本件土地が既に確認を受けた本件共同住宅の敷地として取り扱われていることは、原告の本件申請を確認する関係では何ら制限となるものでないことは既に述べたとおりであるから、被告の右の主張もその余の点に触れるまでもなくやはり失当というべきである。

3  以上によれば、建築物の敷地に関する建ぺい率などの規制は当該申請に係る建築物の敷地を単位として審査されるべきであり、本件申請は右に従えば別表4記載のとおり建ぺい率、容積率も適合するにもかかわらず、本件処分は右と異なる見解に基づき本件申請を適合しないとしたものであるから、本件処分は違法であるといわざるをえない。

三  そこで、本件処分をするにあたり三好主事に故意又は過失があつたかどうかについて検討する。

1  一般に、公務員がある行政処分をするにあたり、処分の根拠となるべき法令の解釈に争いがあり、確定的な判例又は行政解釈、学説などがない場合において、公務員が職務上通常要求される法律的知識、経験法則に基づいて争いある解釈のうちの一の解釈に従つたときは、その解釈が充分な合理性を有するものである限り、後にそれが裁判所に採用されず違法な処分であるとされたとしても、公務員に処分の違法性について認識又はその可能性があつたということはできないから、故意又は過失はないというべきである。

2  これを本件についてみると、確認にあたり建築物の敷地を重複して使用することが認められるかどうかについては、建基法の目的である建築秩序の維持という理由に基づく否定的見解と、敷地の権利関係との整合的な解釈の必要という理由に基づく肯定的見解があること、この点について確定的な判例又は通達、学説などはないことは前記のとおりであり、三好主事が建基法に関する判例、通達、学説などを文献により調査したが明確な指摘を得られず、上級庁である東京都首都整備局建築指導部に照会ないし相談したが、同部内においても肯定、否定の両様の意見に分かれたため適切な回答ないし指導を得られなかつたこと、そこで三好主事は建築行政を担当するものとして建基法の目的である建築秩序の維持を主たる理由とする右の否定的見解に従うこととして本件処分をしたことも前記のとおりである。そして、右の否定的見解が、建基法の目的である安全かつ衛生的な建築秩序の維持に反する結果を招く虞れのある敷地の重複使用は認めるべきでなく、これにより生ずることのある敷地の権利関係をめぐる紛争は伝統的な公法理論の立場から私法秩序内において解決されるべきであるとしていることは、なお充分な合理性を有する考え方であるということができる。

そうすると、本件処分をするにあたり三好主事に故意又は過失があつたということはできない。

なお、原告は本件処分の適法・違法は建基法八条の義務者を確定することにより決せられるもので、解釈に争いがある場合ではない旨主張するが、本件処分の適法・違法は同条の解釈によつては決することができないものであることは、既に述べたとおりであるから、右主張は失当である。

四  以上によれば、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柏原允 柴田保幸 志田洋)

物件目録〈省略〉

別表

1(1)  (建築面積)

324.234平方メートル×100/60=540.40平方メートル

(2)  (延面積)

2592.596平方メートル×100/270=960.23平方メートル

2 (本件共同住宅敷地面積)(上記1(2) )

1067.704平方メートル-960.23平方メートル=107.474平方メートル

3(1)  (上記2)(建ぺい率)

107.474平方メートル×60/100=64.48平方メートル

(2)  (上記2)(容積率)

107.474平方メートル×270/100=290.18平方メートル

4(1)

412.45平方メートル〔申請敷地面積〕×60/100〔建ぺい率〕=247.47平方メートル>170.90平方メートル〔申請建物建築面積〕

(2)

412.45平方メートル〔申請敷地面積〕×270/100〔容積率〕=1113.61平方メートル>316.64平方メートル〔申請建物延面積〕

以上

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